すきなものだけ

アイドルポエム

想い出のはなし。

意味深なタイトルですみません。友人がKPOPアイドルのSEVENTEENにハマったのですが、それを聞いて自分の過去の畑を思い出して懐古し、こんなエントリを書こうとしています。今回、ジャニーズの話は一切しないので、興味ない方はここでバックして頂いてかまいません。

今回の内容にまで関して、誰かを傷つけたり貶したりするような意図は全くありませんが、特定の方のご気分を悪くするかもしれません。嫌な予感がされたらすぐにブラウザバックをお願い致します。


私の過去の畑、というよりは私の母の畑だったのですが、皆さんは5人だったころの東方神起を覚えていらっしゃいますでしょうか。もしかしたら最近の子だと2人のときしか知らない子もいるんだよね…?時が経つのははやいな…。


母親は日本デビュー前からのファンというなかなかの古株オタクでございまして、幼いころから私の生活の一部には東方神起が存在していました。車に乗れば彼らの曲が、家に帰ればDVDが流れているという状態で、ふと彼らの曲を口ずさんだりしていました。


下積みから売れるまでを見守るというのもアイドルの醍醐味であるということをこの時に叩き込まれたようにも思います。KPOPグループはどこもダンスのクオリティがめちゃくちゃ高くて、ともすれば唄もめちゃくちゃうまかったり(そうじゃないところはめちゃくちゃダンスを磨いている)するので、アイドルというよりはアーティスト色が強いように思います。ゴリッゴリにエグく踊る。最近はMVも芸術性が高いものが多いです。SHNeeのMarried to the music、オススメです笑


東方神起が日本にやってきたころ、KPOPアイドルが日本の歌番組に出るとか考えられない時代でしたが、そこからコツコツ下積みを重ね、Mステ、ひいては紅白歌合戦にまで出た、KPOPブームの火付け役といっても過言ではない偉大なグループだと思っています。彼等が枠を作った。パイオニア。今思い返してもすごい。彼等は凄かった。これをみて頂いたらわかると思います。

このパフォーマンスですよ。HUGからは生歌でパフォーマンスしています。なにしろここの強みは口パクが(割と)多いKPOP界の中で生歌を地でいける歌唱力と生歌なのが信じられないようなダンスだと思います。マジで歌って踊れるグループ。このMirotic最高最強すぎて何回見ても泣いてしまう。Miroticは(邦題:呪文)は韓国の音楽賞を総ナメしたくらいのムーブメントを巻き起こしました。これも賞でのパフォーマンスです。


今は東方神起が2人になり、3人は脱退してJYJという別のグループを結成し活動しています。(JYJはいま事件が起きていてめちゃくちゃ心配している)


ユノもチャンミンもかっこよくなっているし、ジェジュンは相変わらず美しいし、ジュンスも歌が益々上手く歌って踊れるすごい男になっていたし、ユチョンもドラマがヒットして俳優として活躍している。


これとかまるで一本の短編映画くらい中身の詰まったパフォーマンスだと思うし


歌って踊れるアーティストになっていたし


相変わらずの美声です


元々すごかったのだからすごくなくなる訳じゃないんだけど、この素晴らしい5人が一緒にやっている、だからこそ最強だったのだと思い知らされてしまった。あの頃は幼くてよくわかってなかったけれど今見返すとなんて偉大なのかがよくわかった。

もう見られないなんて悲しすぎる、つらすぎる。どうしたらいいかわからなくなって途方に暮れる。

また5人で、というのは難しいというのはよくわかっているし、過去を振り返っていてもしかたがないのだけれど、この素晴らしい5人の、素晴らしい軌跡をどうか忘れないでいたいと思う。

車の運転ができない。

教習所がつらいって話。


今教習所に通っている。


仮免受かって第二段階なんだけど、本当に下手くそで運転に向いてないなといつも思う。


路上毎に怒られるので、本当にへこむし酷い時はその場で泣きたくなるしもういやだ。でも成人して車が運転出来ないくらいで泣きたくない。でもつらいもんはつらい。


先日方向変換が出来なくて、「どう動かしたらどうなるか考えずにやってるからいつまでたってもできないんだよ」と言われた。
でもちがう!とかそうじゃない!って言われるとあせってしまってパニックになってしまうし、そう言われるとますます焦ってどうしたらいいかわからなくなる。せめて右とか左とかくらい言ってくれたってよくない? しくしく。泣


向こうにしたら簡単なことなんだろうけど、私には難しい。


教習所に行くたびに自分がなんてダメな人間なんだろう、みんな出来てることがなんでわからなくて出来ないんだろうって思う。お馬鹿すぎる。逃げ出したいけど、逃げだせない。免許とっても車の運転したくないよ。


今いちばん行きたくない場所です。教習所。



P.S 豆腐メンタルにも優しくして…。ほんまポンコツすぎてわからんのでどうしたらいいか全部説明して欲しい…。出来たらそんなことなってないって!!!教官!!!!

せつなくて愛おしい -Defiled 観劇後記

4/18日にDefiled 観劇してきました。これはとんでもない作品だった。
当然のごとく本編の核心に触れるので、鑑賞前の方はお気をつけ下さい。
そしていつもの3倍ポエムだよ。ごめんね。






会場に入り席に座ったときは、あまりの近さに少々ふわふわとした気持ちだったけれども、始まってすぐにそんなものは吹き飛んだ。


戸塚くん演じるハリーが図書館内に爆弾を仕掛け始める。ハリーの顔をみてすぐに確信する。言い方が悪いかもしれないけど「彼はもうイっちゃってる」とわかる目をしていたのだ。

はじめは普通に棚の上に爆弾を置いているだけだが、後半には常軌を少々逸した動きで部屋をかけまわり爆弾を仕掛ける様は鬼気迫っていて、私はただただ気圧され、怖いとすら感じた。


そこに勝村政信さん演じるブライアンがやってくる。ズボンがほんとに抜けちゃうアクシデント?(演出だったのかな?)や眼鏡を落としちゃったのもとっさに面白いアドリブで乗り切っていたのが本当にすごかった!所々くすくすと笑わせて頂きました。


物語前半は上記のようにくすっと笑えるポイントがあって張り詰めた物語の中ですこし心を落ち着けることが出来たが、後半にはずっとピリピリしていて、彼らがどうなってどの様な結末を迎えるのか、図書館の中の本になって陰から見守る気持ちで観ていた。


物語前半のハリーは「知識で頭でっかちになってるインテリ」感があった。理屈っぽい頭のいい人という感じ。


しかしブライアンと話をしていくうちに彼に段々と心を開いていくと、彼はまるで駄々をこねる子供のようにも見えてくる。


椅子に腰掛けて、首をまわしながらブライアンを見定める様にみる様は年相応の青年だけれども、カード目録の棚に腰掛けながら爆弾のスイッチをまるでおもちゃの様にいじる姿は子供のようだ。


子供のようになった彼はより躍動的に、感情的に、ほとばしるエネルギーをぶつけてくる。ブライアンもそれにつられるように後半には声を大きくあらげ、エネルギーとエネルギーのぶつかり合いを見せつけられる。とてもくるしくてヒリヒリして、そしてせつない。


ハリーのもつその未熟さと頼れる家族、友人がないという寄る辺のなさからくる少年のような危うさを"戸塚祥太"という人自身が持つ不安定さとマッチしていたように思う。爆弾という力を振りかざして戦おうとするけれど、その姿はひどく危うくて儚い。そしてそれ故に、せつなさとほんのすこしの憐憫を感じずにはいられなかった。


それに相対するブライアンは飄々としてつかみどころがない。どこまでが本心だったのか見終わった私にはわからない。狸のような人。これを見事に演じ切った勝村政信さんは本当にすごい役者なんだと詳しくない私にもわかった。



ブライアンはハリーに「君は君の頭の中に生きている」というセリフを言うシーンがあった。たしかにハリーは彼の思う理想に生きているが、ブライアンは現実に生きている。「これが現実なんだ!」というセリフは正しいと思う。だけれども、ハリーにとってはカード目録のある図書館が彼にとっての世界だったのだろう。中原中也の詩を思い出した。

愛するものが死んだ時には、
自殺しなきゃあなりません。

愛するものが死んだ時には、
それより他に、方法がない。

中原中也 - 春日狂想

まさしくこんな気持ちだったのだろうか。この詩は我が子を死んだ悲しみを歌ったものだけれど、ハリーの"愛するもの"が死に絶えていく。作中ではカード目録がデジタルベースになるという形で現れ、ハリーはそれに反対してこの様な事件を起こした。
私たちはこの時代よりも先の世界に生きているから、ハリーの語った"未来"が現実になってしまうことを知っているのだ。


私の高校は図書室がお世辞にも立派とはいえなかった。中学の方がマシ、と言えるくらいお粗末なものだった。それ故に貸し出しシステムが導入されず、アナログな手書きの貸し出しカードに自分で記入するという形だった。本がすきだった私は本をよく読みに行っていたけれども、その貸し出しカードには前に借りた人の学科学年、借りた日付がわかるのだ。それを見るのが好きだった。

自分が産まれる前に借りた人や思わぬ学科の人が借りていたりして、その人がどんな人なんだろうとか今いくつかなとか、私が借りるまでの間何年眠ってたのかなとか考えるのは中々楽しかった。だけれども、電子的な貸し出しシステムによって便利になったのは間違いない。きっといつかは無くなってしまう。(実際母校がまだそのままかはわからないし)

電子書籍は未だに馴染めないといいつつも、紙辞書は使わず電子辞書ばかり使うようになってしまった。そのように段々と変わっていくことはまた当たり前のことだろう。ブライアンは作中で「いずれそうなる」と語る。それは真実だ。どうしようもない。変わってしまうものなのだ。


言い方は悪いかもしれないが、私は最後にハリーが死んでホッとした。だって私は彼が言った通りの世界になってしまうことを知っているから。カード目録が図書館に戻されることはない。もちろん彼が生きているうちにそうなる訳ではないけど、彼の愛した世界が死んでいく姿を彼が観ずに済むということに安堵してしまった。生きていて欲しくなかった訳じゃないけれども、きっと辛いだろうしまた同じ事をしてしまうんじゃないかと思うのだ。


彼がもっとはやくブライアンに会っていたら、ブライアンのように知ろうとしてくれる人に会っていたら、あの様な結末にはならなかったかもしれない。もっと気持ちに違う形で折り合いがつけられたかもしれない。だけれども、この事件を起こさなければ彼はブライアンには出会わなかったろうとも思う。死の間際に己の想いをわかってくれる人に会えたことは彼にとって、少しでも救いになっていたらいい。


時が経てば人は忘れてしまうとブライアンはいった。でも出来るだけわたしは覚えていたい。なくなってしまうものたちのこと。図書室の紙の貸し出しカードのような。そして彼のことを。君を覚えていたい。忘れたくない。そう思う。



ハリー、君にまた会いたい。君のことが好きだ。確かに劇場に行けばまた君に会えるのかもしれない。だけどそれは走馬灯と一緒だ。生きている君に会いたかった。どこかでまた君に会えますように。どうかこころ安らかで。






ここまで読んでくださってありがとうございました!

折り合いがつけられない。

タイトルから察したと思うけど楽しい話じゃないよ!ごめんね。スッキリしたいだけだよ。




今まで現場に行かない、所謂茶の間だったから、なかなか自分の気持ちに折り合いがつけられない。こまる。


1月の時、全然取れなくてまあまあ気持ちが荒れていた。あの時みたいにならない為に今回はまあまあ頑張った(つもり)だったけど、それでもまあやっぱり…。だったので本当に落ち込んだ。リアルで辛いことがあって大泣きした後だったから、元のメンタルがぼっこぼこだったのもあると思うけど、友人に引かれる程度には落ち込んだ。


あれから発送されるまで、大暴れしたから落ち着いていたけど、やっぱりいろんな人の悲喜交々を見ていると、いろんな気持ちがぐるぐるする。みんなしあわせになれたらいいのに、と心から思う。無理なのわかってるけど。


行けないことよりも大暴れしたくなったり、ぐるぐるすることによって「こんなに自分って性格悪かったの!?」って突きつけられることが辛いなと思う。


自分が恵まれていないのではないのはよくよくわかっていて、なんだかんだもう今年3回も好きな人に会えているんだし、しあわせじゃん!という気持ちと、羨ましいなぁという気持ちがぐるぐるとまわる。


上には上がいるので上ばっかりみても仕方ないし、自分は自分だし、周りとはちがう。頭ではわかってるけど気持ちが追いつかない。


あんまりにもやもやしたことをツイートするのもどうかなと思って呟かずにいるけど、パンクしそうだったのでココに書いてしまった……。軟弱者め!





今の自分は"オタク"なんだけど、はやく"ファン"になりたいなぁ。



でもなんやかんや元気です!ひさびさの更新がこんなので申し訳ないです。ごめんなさい。

ごあいさつ

はじめまして!

もしかしたらお久しぶりの方もいらっしゃるかもしれませんね。
前の方からみてくださっている方、本当にありがとうございます。

心機一転こちらも新しくしました。


A.B.C-Zにどぼんして、そしてふみとつにどぼんして、毎日たのしく?オタクやってます。嘘つきました。時々しんどいけどオタクやってます笑

現場が多いアイドル、たのしい!くるしい!けどやっぱりたのしい!最高!

そんな感じのオタクがゆるゆる思ったこととかいろいろ書いていくブログです。


まずはとつか担からふみとつ担になるまでのブログを書こうかな〜と思ってます。

またこちらでもどうぞよろしくお願いします。